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ゴジマエ~後日読み返してもらいたいささやかなまえがき~

1971年生まれ。京都府出身・在住。コピーライター・プランナー。約15年間、大阪の広告制作会社勤務ののち2012年7月からフリーランスに。キャッチコピー一発から広告全体のプランニング・進行管理、企業の販促企画(企画書作成)まで、会社案内や学校案内・フリーペーパーなどの取材からライティングまで、幅広くやってます。 お仕事の依頼などはfuwa1q71@gmail.comまで。 

サッカー「イタリア vs 日本」を観て

「ブラジル戦は点差ほどには差は感じなかったけど、イタリア戦は点差より差があったと感じた」。

というのがぼくの率直な印象でした。今日の試合、イタリアのコンディションが笑うくらい最悪だったので前線からのプレスがまったくなかった。まあイタリアとしてはメキシコ戦で勝ってるから慎重に入ろうという意図もあったのかもしれませんが、おそらくはコンディションだと思われます。はじめからある程度「ひいてカウンター」の省エネ戦法で行こうとしてたんだろうと。

日本はそのおかげで遠藤と本田がフリーにボールをさわれた。ので、香川にいいカタチでパスが提供できた。それで連動性も出たし、まあ日本はこれやりたいんだよねという試合展開になった。けど、そんなことは各国わかってるぜって話で。実際それをつぶしてきたのが初戦のブラジル。で、日本は大敗した。いっぽうイタリアはコンディションが良くないので、もう中盤までは好きに持たせてボールも回させても構わないから最後だけ締めりゃいいわ、という戦い方だった。だから日本はそれなりに善戦できた、というだけだろうというのが、この2試合の結果の違いだろうと思います。

とはいえ、実際に日本はじつにいいフットボールをしていたと思うしそれは賞賛されるべきだと思います。ぼくにしてももともとザックジャパンがいままでの代表とは違うと感じていたのは、今日みたいな「ワンタッチプレー」「パスと動き出しの連動性」「ドリブルでの仕掛け」ができるようになったことだったので、今回それが(本当に久しぶりに!)見られたのでとても満足はしています。今後もこういう姿勢でやってほしいと。だけど、イタリアは本来のプレーがまったくできずしかもあれだけ相手にペースを握らせていた(「握られて」ではなく)にも関わらず最後には勝つ戦いをきちんとしていたわけで、イタリアにしてみれば「今日はもうしんどいから勝てればなんでもいいわ」という試合だったんだろうと思うんです。そしてその通り勝った。チームマネジメントとしてはイタリアの圧勝といっていいだろうと思います。

あと、ぼくはみんなが言うほど本田のプレーはよくないと思っています。ブラジル戦でもそうだったけど雑なパスミスが目立ちました。目の影響なのかな。ともあれ、今日みたいな(というか当初から目指していた)「ワンタッチ・連動性・ドリブルの仕掛け」というサッカーを続けるなら、そのうえで本田の状態がベストの時の状態まで上がってこないんだったら、なるべくはやく香川と乾を中心にしたチームにシフトすべきではないのかなーと思います。まずふたりで攻撃の起点を作って仕掛ける。ひきつけたところに「三枚目」としての本田が後ろ目からフリーで動いてくる、くらいのほうがいいんじゃないのかなあ。で、二次攻撃やこぼれ球に岡崎が絡む、いったん遠藤に返す、また本田に渡る、逆サイドで上がってきた長友うける、こんど香川に返す、乾とワンツーみたいな、そういう厚みのある攻撃が必要だと思うし、そういう意味ではこれから宮市とか永井とか柿谷とかをもっともっと試してほしいと思いますね。

イタリア戦とブラジル戦で芳しくなかったのはいずれも吉田と長友だと思います。吉田はもう論外ですが、アジア最終予選の終盤から長友がなにもできてなさすぎですね。あとハーフナーと酒井宏はもういらないんじゃないですかね。ザックの采配で酒井宏とハーフナー入れた意図はわかるけど、交代後チームがその意図(サイドから仕掛けて酒井がクロスあげてハーフナーの頭に放り込む)を汲んだプレーをぜんぜんしていないし、交代前と変わらずつなぎのパスサッカー続けるならそれこそ乾でいいじゃんと思うんですよね。ザックの采配がというより采配の意図をやってる選手が実行しないなら交代で入った選手が機能しないのは当たり前なので、そこは監督と選手の意思疎通の問題ではないかなと思いました。まあさすがに憲剛の投入は意味不明だったですけどね。ザックにしてみれば「おいおいお前らパワープレーしないならもう憲剛入れるわ」ってことだったのかもですけどね。

ともあれコンフェデを見たライバル国は、日本には前線からのプレスをかけることが有効だということがこれであらためて明確になったわけで、本番ではそういう戦い方をしてくると予想されるので、それをかいくぐる決定力が必要です。そのためには、やはりドリブルで仕掛けて強弱をつけられる選手が必要だと思うし、前田も岡崎もいい選手だし、いまのチームにフィットしてるのは確かだけど、本当にワールドカップで優勝を目指すなら、ドリブルで突破できる選手や一発のチャンスで点の取れる可能性を秘めた選手(いわゆるエースストライカータイプの選手)をまだまだ試合でテストしていって、違うチーム作りの可能性を見据えた選手を何枚か確保しておくべきだと思いますね。

話は変わるけど、サッカーのとくに代表の試合を観るとき、ぼくは寄せ集め集団をマネジメントするということについて考えたりします。とくに日本は中田の時代から「個」の弱さを指摘されてきました。それはフィジカルもそうですがやはりメンタル面であり、その課題はいまなお残っていると思います。だからこそ、いわゆる協調性という意味でのチームプレーではなく、まず個が立ち上がりその個が連動する形でチームプレーを発揮していくという、いままさに日本代表が目指しているスタイルを追求してほしいなと思いますし、そういう視点でこれからもあと1年、本番まで見続けていきたいと思っています。

フリーランスでライターという仕事をしているぼくは、ひとつのプロジェクトを完遂するためにはかならず誰かとチームを作らねばなりません。しかもそのチームはプロジェクトごとに異なります。プロジェクトに与えられたミッションと課題、メンバーの個性や能力と作業をとりまく環境など、そのときどきに異なる条件のなかで異なるメンバーと仕事をしていくのは、クラブチームのように固定メンバーで仕事をする会社員とは違い、まさに寄せ集めチームである代表戦みたいなもの。そんな環境のなかでどうやって意思疎通をしながら自分の得意分野を活かし、プロジェクトを成功に導くかを考えなければなりません。前へ出るのか、ちょっと引いて全体を見渡すのか。自分でシュートを打つか、味方を使うのか。その時々で戦術も変えていかねばなりませんし、いわゆる「ルーティンワーク」的な発想は捨てていくことが求められます。そこが難しいことでもあると同時におもしろいところでもあるわけです。

かつて中田英寿が代表で孤立しながら孤軍奮闘していたころ、ぼくはちょっと(というかずいぶん)僭越ながら彼の姿に自分を重ねあわせながら見ていました。それはちょうどぼくが仕事において求める「チーム」の概念が会社のめざすチームづくりと乖離しているのを感じ始めてた時期でもあったからです。そして中田は早々に引退し、ぼくはようやく昨年フリーになった。いまの日本代表は「あのとき中田が自身のプレーで語っていたこと」をふつうに体現できるチームになりつつあると思います。自分も、まだまだ個の力を高めていかねばならないし、そのなかでどうやって社会にコミットメントしていけばいいのか、決定的な仕事をするにはどうしたらいいのか。つねに前を向き次を考えながら勇気をもってチャレンジすることを忘れてはいけないなと、勇気あるプレーをした今日の日本代表の試合を見てあらためて思いました。