読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ゴジマエ~後日読み返してもらいたいささやかなまえがき~

1971年生まれ。京都府出身・在住。コピーライター・プランナー。約15年間、大阪の広告制作会社勤務ののち2012年7月からフリーランスに。キャッチコピー一発から広告全体のプランニング・進行管理、企業の販促企画(企画書作成)まで、会社案内や学校案内・フリーペーパーなどの取材からライティングまで、幅広くやってます。 お仕事の依頼などはfuwa1q71@gmail.comまで。 

CLASS ROOM 第三回「自分の住んでるまちを世界に開くということ  橋本裕介×原田祐馬」に行ってきたよ

「情報と状況」。おふたりの話を聞きながら思っていたのは、そのふたつのコトバでした。

まず「KYOTO EXPERIMENT」のプログラムディレクターを務める橋本さんは、演劇を始めてそこから運営の方に携わっていくことになる経緯を語っておられました。京都大学時代、吉田神社で公演をやりたいというアイデアを思いつき宮司さんに交渉に行ったとき宮司さんから「まずあんたが何者でなにをやるのかきちんとわかるものを持ってきなさい。話はそれからだ、ピシャ!」っとじつにありがたいお説教を受けてそれから企画書というものをはじめて書いたという若かりし頃の失敗談から、京都芸術センターや海外での事例なども紹介しながら「芸術センター」というプラットフォームの意義なども話されていてとてもおもしろかったです。ベルギーやブラジルの事例などはとくに。あとはちょっとここには大っぴらには書けないんだけども、旧来の体制で運営されていて時代の変化にあわなくなりつつある(この「つつある」がポイントなんだけど)団体というかフォーマットがあって、そこに変化をもたらそうとすることで起こるいろんな障害については僕自身の経験とも重なってすごく共感するものがありました。たしか第一回のときに永田宙郷さん×佐野亘さん×片木孝治さんのときにも同様の話が出てたかと思うのですが、あくまでヨソ者としてヨソ者しかできない発想と立場で動くことで突破する、というようなことですね。他者性といいますか外部の視点といいますか。外からわらわら人を連れてきて巻き込む、みたいな。もちろん相手に嫌われてシャットダウンになったらお話にならないのでやりすぎ注意ではあるんだけれども、あんまり相手方の事情を分かってあげちゃってもこれはこれでいけないんだよね、みたいなことをトーク後の懇親会で直接お話をお伺いしているなかでなんとなくヒントとして受け取りました。

グラフィックデザイナーの原田さんはご自身が講師をされている京都造形芸術大学でのゼミでのプロジェクトや淡路島や小豆島でのプロジェクトの話を中心に、コミュニティに入っていくことの大切さを語ってらっしゃいました。たとえばプロジェクトのために小豆島に足しげく通っている中でイノシシの害獣問題が持ち上がっていた、と。でまあいろいろ経緯がある中で地元の人はイノシシの肉は臭くてあんなもん食べられへんと言っている。だったら「食べちゃえ」と料理をして食べることを提案してそういう会も開いて。「だって肉タダなんですよ!」と。こうゆうのはやはり外部の視点なんですよね。ここは橋本さんの話と共通する部分。地元の人からしたらそれまで「食う」という選択肢はないわけですから。「食たらうまいやん」。これだけで害獣問題がほんのすこし解決してしまう。おもしろいなあ、と。他にも原田さんの話はいろいろおもしろくてあげてるときりがないのですけど、そのプロジェクトのおもしろさもさることながら、そこに付随して起きてくる事象がことごとくおもしろくて(もちろん原田さんの巧みな話術による部分もあるだろうけど)、やはり状況を作る人と言うのは、状況をつくりながらその状況をよりおもしろくしていける人なんだなと、話を聞いてて思いました。ここでも巻き込んでくというか。人のなかにどんどん入っていく。これ、ぼくに欠けてるところだなあ、なんてことも思ったり。あと原田さんのプロジェクトで「DESIGNEAST」というのがあってその話のなかで「運営は実質赤字だけど、精神的には黒字」とおっしゃっていたのが印象的でした。「精神的黒字」は非常に重要キーワードですね。いまって精神的に大赤字な人がいっぱいいる気がしていて、そういう人が精神的黒字な人にちょっと嫉妬みたいなやっかみみたいな感情をつい抱いちゃうみたいなことって、あるんじゃないかな。そんな風にね、これはべつだん悪口とかじゃなく思いました。最後に原田さんからはフリーペーパーに関するじつにズシンとくる助言と勇気をじかにいただいたので、しっかり胸に受け止めて帰ってきた次第です。この場を借りて(ホントに)お礼を申し上げます。

で、ぼく個人的にはおふたりの話を聞いてて「地方」ってなんだろ?っていう定義からあらためてしなくちゃいけないのかなと思っていて、トークのなかでも「京都って田舎なのか?」っていう話題が出てましたけど、京都や仙台や広島といったいわゆる政令指定都市といわれる地方都市と、それから山間部や島といった地域とでは、同じ「地方」でも抱えてる問題や課題がまずそこから違うと思うんですよね。そこにさらにその地域の独自性がバイアスとして加わる。そうすると解は無限にあるわけですが、おおきくはやはりその二つのカテゴリに分けて考える必要はあると思うのですね。たとえば山間部や島といったほんとうに情報もあまりないようないわゆる「田舎」ではやはり原田さんが言うようにコミュニティに深く入っていく必要があると思う。いっぽうで京都なんかは情報はあるんですよ。たっぷり。だから「イノシシの肉食いましょか」みたいなことは不要だったりする。ただ状況がない。情報はあるのに状況がない。ここにまた違った難しさがあるように思います。インフラや資金も含めた「情報」はまだそれなりにはある地方都市では逆に危機感が共有されにくいというのはあるんじゃないかなあと。「まあまだ食えてるやん」的な緩慢さですね。むしろほんとうの田舎の方が人はいないし金は入ってこないし情報も少なくてその分だけ危機感(飢餓感かも)を外部の人と共有しやすいのかもしれません。人として地域の人の輪の中にうまく入ることができたら(まあ田舎はそこのハードルが高いのはそうなんですけど)そっからはむしろ中途半端な地方都市よりも話が速いぜ、みたいな状況はあるのかもしれませんね、と。このへん「田舎と地方都市」「情報と状況」については、もうすこし詰めて考えていきたいです。

あと、共通しているのがやっぱり対話の重要性。原田さんもおっしゃってたしぼくもあちことで書き散らしてるんですけど、「反○○」とか「○○賛成派」みたいなレッテルでやりあってもこれはもはや対話ではないし、結局議論が収斂されていかない。ツイッターとかソーシャルメディアだけでもなくて身内や友人たちとの議論や一般の日常会話でも日々こうゆうコミュニケーションによるストレスをほんとに感じることが多いです。とくに原発とか消費税とかTPPとかそうゆういわゆる「発狂ワード(©finalvent翁)」なんかではとくに。これはなにも生まないです。最近のホットワードである「天王寺区のデザイナー募集問題」についてもそうで、ぼくも「どうしてこんなにまで叩かれるんだろう」と感じていたので、原田さんが区長をフェイスブックで探し出してメールを直接送ってじかに会って話を聞いてみるとそんなに悪い話じゃないと実感していろいろアドバイス的な立場で関わることになりそうみたいな話はスバラシイなと思うし、まあそこまでの踏み込んだ具体的な行動ができる人っていうのやはり少なくて、もちろんだからこそ原田さんはこうゆういまの立場を築かれたのだとは思うのは思うのだけど、そこまでじゃなくても立ち止まってすこし理性的に考えればああゆ脊髄反射で「行政悪玉やっちまえ!」みたいにやり玉に挙げて叩くみたいな事態にはならなかったのではと思います。てか、「これチャンスだよデザイナー!」って思える人が状況を動かす人になるんだろうとあらためて(そして自戒を込めて)。

今後はますます「情報」サイドでは地方と都市の差はなくなっていくし、自動翻訳の精度が上がれば海外サイトなんかもふつうのオッサンが読めるようになる時代がもうそこまで来ています。情報の均質化はある面ではいいことだしそういう情報インフラの高度化によって地方での暮らしが豊かになる面もあると、これは明るい方の面として実際あると思います。ただ「状況」サイドというのは、均質化することはないというか、均質化してしまうのは危険なことだと思います。それはこれまでぼくはどちらかというと文化の多様性みたいな側面でしか見れていなくて、ただそれって説得力ないよなあそれだけじゃ動かせないんだよなあと思っていたのですが、先日カンブリア宮殿に山崎亮さんが出てたときに村上龍さんが「地方の活性化はニューマニズムではなくて経済マターだ」みたいな整理をされてて胸にストンと落ちるものがあったんですね。ぼくなりの整理で言えば、かつて高度成長期はむしろ都市の拡大というか田舎の都市化をめざしていった。ところがバブルがはじめて低成長期に入り、人口減少局面になると都市集中化にながれが逆行をはじめる。ここ20年くらいはそういう流れなのかなあと。人口が少なくてこれからもっと減っていく場所に都市と同じだけのインフラ、たとえば総合病院とか学校とか大型スーパーとかもう作れない。作っても維持できない。で、都市に帰る。あわせて住人が都市に移るみたいなトレンドですよね。これはもう防ぎようがないという印象もあるにはあるんだなあとちょっと絶望的に眺めてて。でもそこでふとわかったというか。地方が経済的に自立してもらえるならそのほうが中央というか都市圏の人にとってもいいんですよね、という話。生活コストや税金のことなんかも含めて、人がいない荒れ果てた地方と加熱する都市みたいなのが加速していくのって、やっぱし国土として危ういというかバランスが悪くてあきらかに破たんしている気がしてしまいます。

それとこれがいちばん大切なんですけど、人間の自由というのはまず経済的に自立することで、そこには個人というか「市民」みたいなイメージが立ち上がってくる、というのがぼくにはあるんです(大層な話ではなくて町内会とか家の前のどぶ掃除とかそういうことです)。で、自立した市民が相互に対話をしながら手触りを実感できる生活を自分(と自分たちのちいさなコミュニティ)によって自由に実現していく。地方を活性化することの最終的な目標はそこにあるように思うし、経済的にも精神的にも自立した市民が増えれば、もうどこで働いてもどこに住んでもいいわけです。それなら、野菜や果物がおいしい山間の村だとか、魚がとびきり新鮮な島だとか、あるいは自分の生まれ育った町などで、働き、子を産み育て、両親や兄弟、幼馴染と酒を飲むほうが、充実してるに決まってるんじゃないだろうかと、僕なんかはつくづく思います。そして、自分が長く働いてきた大阪の広告会社を辞め、地元京都で個人として仕事をし、いま家で子どものオムツを替えながら原稿を書いたりしているようなことというのは、そうした自立した地方市民という理想像へのちいさなちいさなプロセスであり、これもある意味ではきわめて重要なプロジェクトのひとつなんだと、自分に言い聞かせながら日々を励んでいる次第なのです。