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ゴジマエ~後日読み返してもらいたいささやかなまえがき~

1971年生まれ。京都府出身・在住。コピーライター・プランナー。約15年間、大阪の広告制作会社勤務ののち2012年7月からフリーランスに。キャッチコピー一発から広告全体のプランニング・進行管理、企業の販促企画(企画書作成)まで、会社案内や学校案内・フリーペーパーなどの取材からライティングまで、幅広くやってます。 お仕事の依頼などはfuwa1q71@gmail.comまで。 

若者は投票に行くべきか?

きのうはコネティカットで銃乱射事件が起きてたくさんのこどもたちが犠牲になりました。被害者の父親が殺された自分の娘のことではなく、地域の他の被害者の親たちや犯人の近親者を気遣っていたのが、同じ子を持つ父親としてとても印象的でした。またCNNのコメンテーターであるアンダーソン・クーパーは「犯人の名前を連呼するような報道をしたくない。われわれはより多くの時間を亡くなった子どもたちや教師のために使いたい」と悲痛な表情で語っていました。ノルウェーの事件の時もそうでしたが「犯人を憎むよりまず自らの愛する者を抱きしめよう」という西洋人に共通の思想というかアナウンスにあらためて胸を打たれました。

そのほかでもシリアではいまでも虐殺が続いていますし、スーダンやマリでも紛争が続いています。にもかかわらず、国内報道を見ていてもあまりにドメスティックで、こうした情勢に対する無関心が目立っているように感じました。もちろん日本の議会選挙ですから内政問題中心になるのは理解できます。でもなんというか、ネットもケーブルテレビもあるし、報道の自由も言論の自由もあるのに、どうしてこんなに国内のことばかり話題と争点になるのだろうと思うのです。これじゃ中国の言論状況と実質変わりないんじゃないかなとか、ちょっと極論ですが思うんですよ。

とゆうわけで今日は選挙の日。この機にちょっと日本国憲法の前文を読んでみるのもいいのではないかと思いました。

http://www.houko.com/00/01/S21/000.HTM#s0

憲法では世界の平和や人権の維持に日本がコミットすることで日本の評価とその地位を高めることが日本の平和につながるものとしています。その理念は素晴らしいものだと思います。思いますが実状とあまりにかい離しているようにも感じ非常に残念です。選挙に行くのももちろん大事ですけど、それよりもなぜ選挙をするのかと立ち止まって考えることはもっと大切だと思いますし、いちばん大事なのはいっときの祭りのように投票をすることではなく。ふだんから地域の自治会やコミュニティに積極的にコミットすること。その反対に遠い海外で起きていることを身近なものとして考えつづけることではないかなあと思うのです。

さんざん迷った結果、ともあれ投票に行くことにはしました。でも今回は関心はあまりないです。選挙はお祭りでも政治家への怒りをぶつけるためのものでもないと思うからです。それよりもいまやってる地域を盛り上げるフリーペーパーの活動をきちんと続けていくことや広げていくこと、それから子どもたちをいつもより強く抱きしめてやることのほうがぼくにとっては大事なことで、じつはそうした積み重ねの先に自由な社会やコミュニティというのは作られると思うのです。先のコネティカットの父親の言葉はむしろアメリカの地方のコミュニティの強い結びつきを表しているようにぼくは思いました。銃規制しないアメリカ人はアフォとか言っている人の方が、ひとつの事象からなにも学ばない人なのではないかとぼくは感じています。

いま手のふれられる近くにいる人たちのあいだに目の前で起きていること。それから外国で起きているさまざまな紛争や事件。そうしたことのひとつひとつを当事者のひとりとしてずしりと受け止め、自らがその社会に参画しつくっていくという意識を持ち続けることのほうが、いっときの投票行動そのものより、ずっとずっと大事なことではないかなとぼくは思っています。